映画・テレビ

2018年11月 8日 (木曜日)

男の趣味は否定してよい番組でわかったテレビの構造

テレビは女の物
正確には夫なのですが男であることには変わらない。
問題の番組は夫の物を処分して金を稼ぐというストーリー。これを男女逆にしたらという話になる。多分大炎上するだろう。ここでわかるのは女のために出来ているテレビと言うことになる。これはかつて萩本欽一が悟ったことでもある。最近は最大ボリュームになった高齢者向けが加わる。
ベッキーの不倫騒動も女性からの視点で理解
ベッキー騒動の時は、女性からしたらわかるらしい。男を取られるというシチュエーションになるので女性の敵になる。反対に男性芸人の不倫は問題にならない。自分(女性)のところに来るから。つまり自分の所有物を侵害する行為は許せないが、自分を所有しようとする行為は許せるのだそうだ。
テレビは女性を否定しないために起こる変な批判
ベッキー擁護論もおかしな事になっている。本質は女性向けという話なのにそこをつけないので変な擁護論になる。判断基準は男女逆の場合でも使えるかどうかになる。限界はどっちもどっちか他人のプライベートはどうでも良いのあたりに落ち着くと思う。
これに最近は高齢者層が加わる。何せ若者はテレビをほとんど見ないから。

2018年11月 7日 (水曜日)

高畑勲監督のすごさがわからない 教養が試される映画

ジブリの教科書19 かぐや姫の物語 (文春ジブリ文庫)
文藝春秋    価格:1,490円 

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宮崎は変人、高畑は怪物。

2018年1月 1日 (月曜日)

恋愛の衰退(消滅)とおっさん萌えの始まり

■月9というフジのドラマが死んだ

90年代を作ったフジテレビが苦境に立たされている。その一つが恋愛ドラマの視聴率低迷。かつて花形だったドラマ産業のトップが月9だった。月9という言葉も元々なく、人気を博しブランド化したのが月9だった。ちなみに他社は恋愛要素抜きでヒットしたのが半沢直樹になる。

■恋愛という消費財の終わりの始まり

恋愛を産業としてプッシュしたのが80年代から90年代である。これは若者殺しの時代という本で詳しく書いてある。おっさん世代はティファニーの三連リングを買い求めたのである。ちなみに価格は大学生がバイト代一ヶ月分として設定していた。当時10万ちょっと。

若者殺しの時代 (講談社現代新書)
講談社  著者:堀井 憲一郎  価格:756円 

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■恋愛のない要素、おっさん萌え(ホモソーシャル)

これからはかわいいおっさんの関係性萌えである。

1.おっさんだから露骨な恋愛感情を必要としない無恋愛性

2.おっさん同士だから婦女子が好きな要素、関係性萌えがある

3.かわいいおっさんかどうかが重要。

恋愛要素が不要というわけではない。ヒット映画は旬な女優俳優の順列組み合わせで恋愛映画を量産している。

シンゴジラは恋愛要素を全部切って成功した。あの映画が評価されるのは映画産業の公式から外れてヒットしたからである。君の名はは恋愛映画だが恋愛ノスタルジーとしての映画と捉えるのが正しいらしい。他で例えると熱血が終わった時代に見る熱血映画である。

■フジのおちゃらけ路線と(他局の)真面目路線

フジが終わったのは、すかしの文化が終わって、真面目路線が受けているから。島田紳助はよく読んでいて感動路線に行った。彼は正しかった。

これはかつて真面目なフォークが廃れて明るい勝手にシンドバットが受けたことの反対である。

2017年11月26日 (日曜日)

漫画の実写化はなぜダメか

https://togetter.com/li/1173347

マーベルの話があるけど日本は・・・

リスク分散で製作委員会方式をとっているので、金も出すが口も出す。一貫性がなくなる。ちなみにゴジラは東宝一社提供(10数億)なのでこの点はクリア。ただしダメ要素が入る余地があった。監督とプロデューサーが頑張って庵野に脚本を任せた。スタッフと揉めたけど監督が頑張った。

日本の映画はキャストありきなのでその要望に沿うようになる。よってプロモーションみたいな映画になる(進撃の巨人)。

もっと切実なのはその方が実際客が入る。ちなみにテレビドラマも似たようなもので役者じゃなくてキャストありき。ネット系の作品もそれというのが出ているらしい。よってイケメンとアイドルを順列組み合わせの作品が何本も出る。山田玲司先生曰く、たのきんトリオの実績かららしい。

役で色がつくとCMが来なくなる。昔テレビがすごかった時代、年間CM三本出れば暮らせたらしい。芸人の人が言っていたのでたぶん役者も同じ系譜だと思う。

よって脚本が腐ってくる。でもお金入る。

才能は個人に宿ると思うけど、それを任せるのは危険ということで普通の人は映画を見ない。日本人は平均すると年一本計算(一億回鑑賞)。

だから割り切ってヤマトはCGを見ましょう。

ポーの一族実写版はすごいらしい(宝塚版)。https://natalie.mu/comic/news/257091

2017年11月17日 (金曜日)

めちゃイケ終了はテレビの高齢化

ずっとこの説を唱えているのだが、もう一つは出演者の高齢化。

最初にテレビの高齢化問題

いみじくもめちゃイケメンバーの鈴木紗理奈がテレビを見ていないと発言していたがこれが肝である。つまりあの年代は育児で忙しい。そしてテレビは同年代を笑わすという島田紳助の方程式により紗理奈の同年代はテレビを見る暇がない。だから視聴率は落ちる。

もう一つは新人視聴者が入ってこなかった。一応新メンバーオーディションをやって入れているのは多分下の世代を入れたかったのかもしれない。ただ、視聴者はごっそりスマホに行っているので同年代は見ていない。プロ野球で置き換えると、新しい選手が入ってこないのでロートル(めちゃイケメンバー)が40近くまで現役でいられたということである。プロ野球の平均引退年齢は30歳。タレント=視聴者である。だから岡村隆史が番組を持った26歳という年齢と同じように、この年代のタレントを連れてきて若者の視聴率が取れないときつい。ダウンタウンも確か26歳で冠番組を持った。

つまり下からの突き上げがなかったから番組が続いてしまったという説です。もちろん維持するだけでものすごく大変だろうということは前提です。

ライバルが現れないと思っていたら、別の種目に行っていたのがテレビだと思います。

タレントの高齢化は体の動きや頭の働きに切れがなくなるのでどうしても緩慢になる。これはビートたけしが40を過ぎて思うように反応できなくなって映画に行ったという話に似ている。

お笑い第何世代という表現がある。新しい世代が出てこなかった。今お笑いの中心は40台である。90年代最強のテレビ世代である。要するにテレビの中で世代交代が起きずにそのまま高齢化した。世代交代はメディアでかつて映画からテレビになったように、テレビからスマホになった。だからロートルが真空管の様に生き残って、新世代は半導体に行った。

2017年11月 7日 (火曜日)

かつて明石家さんまが指摘していた岡村隆史のこと

めちゃイケが終了して思い出したのがメンバーが高齢化したときどうするかということ。岡村隆史の芸風は、ダンスを見せているように動きであった。だが加齢でどうしても動きが鈍くなる。20年もやり続けた方がすごいですけど。

かつて明石家さんまが岡村に「お前は動きだけや」と言ったらしい。実際はコント形式でさんまが岡村を演じ、岡村がさんまを演じたときに出た話である。これが必要やと言ってしゃべりが必要と指摘していた。

40超えてあの動きはすごいがテレビだとOB戦の野球的な面白さなんだよね。最先端ではない。

2017年11月 5日 (日曜日)

嫌なら見るなから ネットに食われたテレビそしてめちゃイケ終了

ナインティナインの岡村隆史が言った嫌なら見るな事件は調べたら2011年8月らしい。フジテレビデモと同じ月。今年は2017年でめちゃイケ終了。博多華丸大吉の大吉先生がラジオで今の若い子はテレビがわからないという話題を出したのが2014年。

テレビは若い人は本当に見ていない。統計上三〇代から下は見ていない。すべてネットというかスマホに取られた。フジテレビデモはフジの感性がずれていることを示したと受け取れなかった。ブームはテレビが作るからネットが作るに変わった。でも実はテレビの宣伝効果は大きいんですけどね。特に映画はテレビがないと駄目だそうです。

問題はネット対応ができていないフジが、どういうことができるのかということかな。

芸人の高齢化というのが問題で要するに新規のお客がついてないということなんだよね。

2017年11月 3日 (金曜日)

テレビ芸人の終焉 めちゃイケととんねるず打ち切りで

フジ「みなおか」&「めちゃイケ」来春終了 業績不振で大ナタ

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171103-00000003-spnannex-ent

10年遅かった。彼らが全盛期はたぶん90年代からで、2000年前半でそれ以降は惰性。売れるのは10年くらい。例えば1995~2005年までが寿命だった。番組は1996年開始。なぜここまで残ったかというと、代わりになる芸人が出なかったから。

今の芸人はテレビで売れることが重要。M-1が輝いていたときに出た芸人が今でも売れている。でも、次世代が全然出てこない。M1優勝者を見ればわかるけど2008年のNON STYLEまでかな。M1は準優勝が売れたりするけど。

じゃあなんで今は売れないの?

テレビを若い人が見なくなったから。かつて伸助は(テレビの前にいる若い)同年代を笑わせろと言った。その同年代は今や40代に突入している。青春時代が2000年前後の人たちである。だから高齢化と共に売れる人が減ってくるのが実情。今の若い人30代から下はテレビを本当に見ていない。この世代を笑わせるのは大変である。なぜならテレビを見ないから。だからM!1チャンピオンは売れない。

2017年10月 9日 (月曜日)

宮崎勤事件と公正世界仮説 犯罪者は「普通」の人?

宮崎勤事件で当時作られた空気感の話が出ていました。

再現ドラマのつぶやき

https://togetter.com/li/1158801

それで思い出したのが公正世界仮説の話。

一番わかりやすい例が「性犯罪の被害にあった人は普通の格好だった」という「意外性」です。被害者が何かしら欠点があると思ってしまうので、実は普通の格好だったというのが意外性として現れてしまうのです。被害者が「普通以外」なら安心する。

公正世界仮説

公正世界信念の保持者が「自らの公正世界信念に反して、一見何の罪もない人々が苦しむ」という不合理な現実に出会った場合、「現実は非情である」とは考えず、自らの公正世界信念に即して現実を合理的に解釈して「実は犠牲者本人に何らかの苦しむだけの理由があるのだ」という結論に達する

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%AD%A3%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%BB%AE%E8%AA%AC

この事件は正確に言えば公正世界仮説とはずれると思います。しかし普通とは違っていほしいという心理がなかったといえば嘘になると思います。

さらに、テレビの縮図として変わり者ほどコンテンツ性が高い。ゆえに異常性にこだわる。犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛むとニュースになるのがメディアの世界です。

よってこの二つ、自分は普通であるという安心感(=犯罪を犯す人は普通ではない)と異常性を見世物にするテレビが複合的に重なったのが宮崎勤事件後ではないだろうか。

世代的にビデオ世代です。アオイホノオで示されたように、当時のオタクはベータ(ソニー製)のビデオデッキを買っていた(SL-J9)。だから収集してもおかしくないし、オタクみたいな人は物量が半端ないです。読書家だと家の床が抜けるくらい本を持っていたり、本が多すぎて家から出られないとかあります。本の津波はあります。

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その前の世代だと漫画、その下の世代だとTVゲームですね。

普通っぽいが一番怖いのかもしれません。

凶悪―ある死刑囚の告発 (新潮文庫)
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2017年4月 1日 (土曜日)

高視聴率より低コスト

これからの番組は低コストだとやしきたかじんが言っていたそうです。いくら視聴率が取れてもCM枠が埋まらなければどうしようもない。視聴率=高いCMというのはあくまで相関関係であった。低い視聴率でもコストが安くスポンサーがそれなりにいれば番組は続くのでしょう。

消えゆく2時間ドラマ 主演500万ギャラ等低コスパも原因か

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