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2015年9月 5日 (土曜日)

東京オリンピック2020騒動にみる無責任体制の伝統

日本社会は責任者がいるべき中央部を持たない構造です。これは古事記の時代からのようです。かつて政治学者丸山はそれを指摘し、また臨床心理の河合は古事記のおいてユング派の見知から中心が必ず空になること発見しました。

責任者となる中心人物がいないので責任自体がないか、全員の責任として無力化します。これが日本の伝統です。

また一端責任となると、無限責任となります。個人だけでなく家族やその周辺に及びます。有名な話が昭和天皇暗殺未遂事件(虎ノ門事件)で、広い関係者まで累が及びました。責任が発生するとその責任が重すぎるのです。ですから責任が発生しないようにするという行為はとても合理的です。

虎ノ門事件

難波の出身地であった山口県の知事に対して2ヶ月間の2割減俸、途中難波が立ち寄ったとされる京都府の知事は譴責処分となった。また、難波の郷里の全ての村々は正月行事を取り止め謹慎し、難波が卒業した小学校の校長と担任は教育責任を取り辞職した。

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