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2013年6月21日 (金曜日)

体罰に潜むもの

「体罰必要」高校野球部1割…高野連は衝撃

衝撃でも何でもなく、体育会系は体罰で出来ていると思った。そういう筋肉思想が日本の運動部の伝統だと思う。

で、体罰論で面白い話を読んだ。以下長すぎる引用。前後が切り離されているので多少意味が変わっている可能性があるので必要なら原文を参照してください。

 まず、単純作業について、何度教えても一定レベルよりも上にはいかない。こちらの要求基準を充たすことができない。作業割付を与えても時間どおりにはそれをやれない。客が途切れるとぼーっと立っている。そして、あとでできなかった理由を聞くと、かならず「忙しかったから」と返ってくる。

 実はこのタイプの人を動かす方法を俺は知っている。怒鳴ることだ。怒鳴って、恐怖を与えると、これらの人々は動く。または罰則を与えることだ。既定の仕事(もともと自由度の高い職場なので、既定といってもそれほど要求は高くない)をこなせなかった場合に、かならず怒る。そうすると、働く。

最初からルールとノルマで縛り上げた業種でうまく働いている。もともと接客は悪くはなかった子だ。やりがいがある、と言っていたらしい。仕事はマニュアルの丸暗記から始まって、対応も決まっている。そしていかに押し込んで契約を取るかが勝負らしい。もちろん歩合給だ。

 俺にはこれが、体罰の延長線上(あるいは手前)にある構造に見える。そしておそらくは、そうしたものは常に必要とされている。なにしろ俺は、あまりに多くの「怒鳴らなければ動かない」事例を見過ぎた。もちろん、読む人はこのことを俺の指導力不足だとみなしてもかまわない。本当はまだやれることはあるのに、それを実行しないで体のいい逃げを打っているだけだろうと、そう思ってかまわない。原理的には俺もそうだと思う。

 しかしこういうことは「どこまでその人の内部に立ち入るか」ということと引き換えの部分がある。おそらくその人の全存在を受け止める気があれば、逃げを打つ必要はない。しかし俺は親ではない。仕事という前提において引き受けられる人間の部分には限界がある。その場合、別の職場で働くほうがいいだろう。もしそこまでやってしまうのであれば、それはもはや自主性の搾取と呼んでもいい。

http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2013/02/05/160949

体罰が存在できてしまう合理的な理由を探して対策を行わないと禁止は紙に書いただけになってしまう。

人は意外に合理的 新しい経済学で日常生活を読み解く
武田ランダムハウスジャパン  著者:ティム ハーフォード 

 

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