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2011年11月20日 (日曜日)

平等社会がもたらす不満

差別がなくなるほど全面化する「個性」

アメリカ高学歴エリートたたきの危うさ

おや日本の話か?と思えるほど似ている。以前は肌の色で差別されていたが、差別というものがなくなると、今度は自分自身の能力で「差別」される(本当は区別)。努力と才能で手に入れた能力で受ける恩恵が決まってくる。そしてそれは自己責任による結果を受け入れることを要請される。この苦痛に耐えられる人はいない。

日本では、例えば公務員試験は全国民(国籍条項はある)に開かれている。公務員は自分の能力で勝ち取った職業である。なのにその待遇を巡り批判がつねに起きる。それはもちろん正しいこともあるが、ほとんどはルサンチマンとしての怨嗟である。自分の無能さを見たくない。ゆえに「敵」を執拗にたたくことでごまかすという防衛機制が働く。一方親が子に望む職業は公務員である。

言い訳できないことが苦痛

能力社会=メリトクラシー

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